お知らせ


ヒルト氏について

(2009.08.09 掲載)
(2009.08.10 追記)

日本の滑空界創世期に大いに貢献したウォルフ・ヒルト氏ですが、 今年はヒルト氏没後50年となることから、ドイツ国内でも氏の足跡 を見返す動きが活発であるようです。 わが国にも問合せやドイツの記事が届けられるなどしています。



ウォルフ・ヒルト氏記事
(ドイツ語, Der Adler 2009年7月号)

上記記事296ページ左下から9行目以下『Bereits ein Jahr ・・・ als Fluglehrer und “segelfliegerischer Entwicklungshelfer”.』に来日のことが述べられております。

1930年ごろから始まった日本の滑空活動はドイツの文献を基にしたものでしたが、ヒ ルト氏の来日により、機材および飛行技術を実物で指導を受け、大きな影響を受けま した。

【ヒルト氏来日74日間】(記事および参考文献より)
来日者
ボルフ・ヒルト氏(当時35歳)、
カール・バウアー氏(滑空学校教官24歳)、
ハンス・シュトルツ(滑空学校助手24歳)

機材
ドイツから輸送(経路:ハンブルグ−マルセイユ−[日本郵船伏見丸]−横浜)
◆ゲッピンゲン1型 ウォルフ 練習用ソアラー(グルナウベビーとほぼ同じだがスポイラーが無い)
◆ゲッピンゲン3型 ミニモア 高性能ソアラー
◆曳航機 クレム25型(65馬力) 図面を送り日本に製作を依頼
◆グルナウ9型プライマリー
◆自動車ウインチ
機材全てをスポンサーだった陸軍に寄贈


【スケジュール】
9/17 (23:46) ベルリン発欧亜連絡列車でシベリア鉄道経由、釜山から関釜連絡船
9/30 (19:30) 下関上陸
10/2 (19:10) 東京着 飛行館で航空神社参拝後赤坂山王ホテル泊
10/7 飛行館で講演
10/18-25 上田で滑空技術講習会 所沢-上田は飛行機曳航、離脱後宙返り(日本で最初)
10/26 所沢で陸軍関係者に飛行デモ
11/6-9 上田で陸軍関係者にグライダー専修教育
11/19 名古屋
11/20 大阪盾津飛行場 飛行デモ 夕方大阪毎日新聞で講演会
11/21-23 九州訪問
11/23-25 箱根十国峠 日本帆走飛行連盟関東支部競技会参観
11/30 羽田飛行場で飛行デモ
12/4-5 羽田-三保の松原-名古屋小幡ヶ原飛行場(名古屋泊)-大阪盾津飛行場 飛行機曳航で空輸
12/6-12 盾津飛行場で滑空講習会 12/8 飛行デモ
12/13 東京 陸軍航空本部で勳五等瑞宝章を授与される。
12/16 (12:00) 神戸より日本郵船浅間丸で離日上海に向かう。


【ヒルト氏経歴など】
1900年2月28日生まれ
16歳からグライダー搭乗
1926年オートバイ事故で左膝上10cmから切断 以後義足
1958年 FAI リリエンタールメダル受賞
1959年7月25日 LO150で飛行中死亡 心不全 (今年で没後50年)

競技会での活躍、熱上昇風を使った滑翔技術の開発(1931年ごろ完成)、自動車曳航・飛行機曳航の開発、滑空教育(ホルンベルグ高等滑空学校校長)、経営者 (ゲッピンゲン。インダストリー社でゲッピンゲン各型、グルナウ各型の設計製作販売)


(参考文献)
・佐藤博著、『日本グライダー史』、海鳥社
・川上裕之著、『日本のグライダー』、モデルアート社